ミャンマー柔道史上初。男女混合団体のメダルを獲得した選手たち。
JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。
ミャンマー・ネピドーで柔道指導を行っている平沼大和さんからの活動報告です!
Menden Judoki In Myanmar, 4,364 km away from Japan.🇲🇲vol.22
めんでん柔道記
〜4,364km離れたミャンマーの地で🇲🇲vol.22
2023年。ミャンマーに来たあの日から3年という時間が経ちました。
この3年間、私は多くの大会に立ち会い、多くの選手と向き合い、そして数えきれないほどの「想定外」と向き合ってきました。
競技力の差、制度や環境の違い、文化や価値観のギャップ。
さらには情勢の変化や自然災害など、日本では経験することのなかった出来事が、日常の中に当たり前のように存在していました。
SEA Games 2025 は、そうした3年間の積み重ねが、最も分かりやすい形で問われる舞台でした。結果がすべてとされる国際競技大会において、その舞台に立った事実そのものが、私たちにとって一つの到達点であると同時に、厳しい評価の対象でもありました。
本稿では、SEA Games 2025 の大会報告とともに、なぜこの結果に至ったのか、そしてその背景に何があったのかを、できるだけ事実に基づいて記していきます。
成功や失敗といった単純な言葉では括れない現実を、指導者として、また一人の当事者として冷静に整理することが、この3年間に対する私なりの誠実さだと考えています。

この飛行機に乗って初めてミャンマーの地に到着した。
ミャンマー柔道連盟会長の息子に撮影していただいた。
第1章 Thailand SEA Games 2025
Thailand SEA Games 2025 は、東南アジア各国が参加する国際総合競技大会であり、いわば「東南アジアのオリンピック」とも言える位置づけの大会です。柔道競技においても、各国が国家代表として出場する地域最高峰の舞台であり、ミャンマー柔道チームにとっては、現在地を示す極めて重要な大会でした。
本大会において、ミャンマー柔道チームは男女混合団体戦で銅メダルを獲得しました。これはミャンマー柔道史上、初めての団体戦メダルであり、歴史的な成果です。
これまで個人戦において入賞や善戦を重ねてきたものの、団体として結果を残すことは容易ではなく、長年にわたる課題でもありました。その意味において、今回の結果は明確に「成功」と位置づけるべきものだと考えています。団体戦は、個々の競技力だけでなく、チーム全体の底上げ、戦略、そして選手同士の信頼関係が問われる競技です。ミャンマー国内の情勢や経済状況、限られた競技人口、十分とは言えない練習環境、国際大会の経験不足といった条件の中で、チームとして一つの結果を残せたことは、これまでの積み重ねが形になった証であると言えます。

柔道競技の会場風景
一方で、SEA Games が結果を強く求められる大会であることも事実です。ミャンマーにおいては、「金メダルか、それ以外か」という非常に単純な評価基準が存在しています。過去10年間の積み重ねや、競技環境、結果とプロセスの合理性、競合国との客観的な比較といった要素が十分に考慮されないまま、結果のみが評価軸となっている現状もあります。
十分な準備期間や国際大会への継続的な参加、体系的なサポートが整っていたかと問われれば、決してそうとは言えない状況でした。それでも、日本や一般的な国際基準から見れば、明確な成果を残した大会であったと認識しています。しかし、この評価軸がミャンマー国内では必ずしも共有されていなかったことは、異国の地で活動する中で、自身の認識の甘さとして強く感じた点でもありました。
それでもなお、ミャンマー柔道が置かれてきた歴史的背景やスタートラインを踏まえれば、今回の成果の意味は決して小さくありません。むしろ、この結果は、ミャンマー柔道が次の段階へ進む可能性を示したものだと考えています。
もちろん、本大会を通じて競技面での課題も明確になりました。最新ルールについては、事前に口頭や実技を通じて説明を行ってきましたが、組み手の基準や指導(ペナルティ)に関する判断については、国際舞台での実戦経験不足により、選手自身が完全に理解しきれていなかった部分もありました。また、他国の選手が体格を大きくした上で減量して大会に臨んでくる中、フィジカル面での差を感じる場面も少なくありませんでした。
これらに加え、国際大会特有の試合運びや経験値の差、準備段階での調整の難しさなど、今後に向けて改善すべき点は多く残されています。しかし同時に、それらの課題が具体的に見えたこと自体が、次の段階へ進むための重要な材料になったとも言えます。
本大会における主な成績は以下の通りです。
- チーム総合成績:6位(8カ国中)
※カンボジアはタイとの国境紛争の影響により不参加 - 男女混合団体戦:3位
- 女子 −78kg級:2位
- 投の形:3位
- 男子 −55kg級:3位
- 男子 −90kg級:5位
- 女子 −57kg級:5位
- 女子 +78kg級:5位
- 男子 −73kg級、−81kg級、−100kg級、女子 −70kg級:予選敗退

投の形で銅メダルを獲得した選手とミャンマー人コーチ。写真左と中央は兄弟であり、二人三脚で銅メダルを獲得した。

柔道競技の最終結果表
33rd SEA Games Thailand 2025 Official Siteより引用
第2章 この結果をどう受け止めるか
SEA Games 2025 において、ミャンマー柔道チームが個人戦でメダルを獲得し、特に団体戦で史上初のメダルを獲得したことは、事実として明確な成功です。この点について、指導者としても、一人の当事者としても、曖昧にするつもりはありません。これまでのミャンマー柔道の歩みを踏まえれば、この結果には確かな意味があります。
今大会には13名の選手が出場し、そのうち12名がメダルを獲得してミャンマーに帰国しました。これは単なる数字ではありません。選手一人ひとりにとっては、競技人生における大きな節目であり、国内での昇進や昇級、報奨金の授与、そして家族や周囲からの評価につながる現実的な成果でもあります。こうした出来事は、成功の「結果」として確実に生じた事実であり、競技成績の先にある重要な意味を持っています。
しかし、前述の通りSEA Games は、結果が強く求められる舞台でもあります。ミャンマーにおいては、「金メダルか、それ以外か」という非常に単純な評価基準が存在しており、背景や過程が十分に考慮されないことも少なくありません。そのため、今回の成果に対して、評価や価値の受け止め方に大きな差が生じたことも事実です。
ですが、評価の軸が異なるからといって、成果そのものの価値が変わるわけではありません。ミャンマー柔道は、競技人口、国際経験、環境面のいずれにおいても、いまだ発展途上にあります。そのような状況の中で、団体として結果を残したことは、偶然や運だけで説明できるものではなく、日々の積み重ねとチームとしての成長があったからこそ実現したものだと考えています。
同時に、この成功に満足してよい段階ではないことも、はっきりとしています。試合内容や大会全体を振り返ると、他国との実力差や経験値の差を感じる場面も多くありました。勝つことができた試合と同様に、課題が明確に浮かび上がった試合もあり、現状を正確に把握する必要性を改めて感じています。
指導者として重要なのは、結果を過小評価することでも、過大評価することでもありません。この結果を「通過点」としてどう位置づけ、次にどうつなげていくかです。成功であるからこそ、なぜ成功したのかを冷静に分析し、同時に、なぜ限界も見えたのかを整理する必要があります。
今回の SEA Games を通じて、ミャンマー柔道が次に目指すべき水準が、より具体的に見えてきました。団体戦で結果を残したという事実は、自信につながる一方で、今後さらに高いレベルを目指すためには、競技面だけでなく、準備や環境、体制といった部分を含めた総合的な強化が不可欠であることも示しています。
第3章 なぜ準備は難しかったのか
SEA Games 2025 に向けた準備は、決して平坦なものではありませんでした。結果だけを見れば分かりにくい部分ですが、その背景には、競技力以前の課題や、環境・体制に起因する複数の難しさが重なっていました。本章では、これらを個人の問題としてではなく、構造的な視点から整理します。
まず大きな要因の一つとして、国際大会や海外遠征の機会が極めて限られていた点が挙げられます。情勢の悪化や各種制約により、計画していた遠征や国際大会への参加が実現しない、あるいは直前で変更を余儀なくされる状況が続きました。その結果、選手たちは国際基準の試合を十分に経験できないまま、本大会を迎えることになりました。
また、国内での強化においても、練習環境や人材、情報面での制約は常に存在していました。競技や強化に関する仕組みが長期間アップデートされないまま運用されており、日本や強豪国では前提となっている支援体制や制度が十分に整っていない状況でした。そのため、現場はその都度対応を迫られ、長期的な計画を安定して進めることが難しい状態が続いていました。

雨漏りのする半屋外の練習場で使用後の柔道衣を干している様子
加えて、大会準備期間中には、運営およびマネジメント体制にも変化がありました。具体的には、選手選考基準が一方的に変更されるなど、現場と柔道連盟との間で意思決定の距離が広がる場面があり、情報共有や判断のスピードに影響が出ました。これは特定の個人の問題ではなく、役割分担や責任の所在が十分に整理されていなかったことによる、組織的な課題であったと認識しています。
さらに、契約や評価に関する認識の違いも、準備を難しくした要因の一つでした。大会結果のみが強く評価されやすい一方で、そこに至るまでの過程や制約条件が十分に共有されない状況では、現場として長期的な視点を持ち続けることが容易ではありませんでした。
このような状況の中でも、現場は可能な限りの準備を重ねてきました。しかし、国際大会は競技力だけで結果が決まるものではなく、経験、準備期間、組織運営など、複合的な要素が結果に大きく影響します。今回の SEA Games は、その現実を改めて突きつけられる大会でもありました。
一方で、これらの課題が明確になったこと自体は、決して無意味ではありません。なぜ準備が思うように進まなかったのか、どこにボトルネックがあったのかを整理できたことで、次に向けて改善すべき点がより具体的に見えてきました。この整理こそが、今後の強化や体制づくりに向けた重要な出発点になると考えています。

ミャンマー情勢についてのウェブ記事
TBS NEWS DIGITAL より引用。2025/12/18閲覧
第4章 それでも積み上げてきた3年間
前章で述べたとおり、ミャンマーでの強化活動は、多くの制約や不確実性の中で進められてきました。そのような環境において、すべてが計画どおりに進んだわけではありません。しかし一方で、この3年間が停滞の時間であったかといえば、決してそうではありません。限られた条件の中でも、確実に積み上げてきたものがあります。
まず、育成の拠点として平沼道場を立ち上げ、現在では複数の支部が活動を行うまでに至りました。少年柔道を中心とした育成環境を整え、日常的に柔道に触れ、継続的に練習できる場を確保することは、この国において決して当たり前のことではありません。その基盤を一つずつ形にしてきたことは、大きな一歩であったと考えています。 (ミャンマー🇲🇲より【めんでん 柔道記 No.4】)
育成の成果として、少年柔道の選手が国内・国際大会でメダルを獲得するなど、次世代につながる結果も生まれました。短期的な強化だけでなく、将来を見据えた取り組みが、少しずつ形になり始めていることを実感しています。 (ミャンマー🇲🇲より【めんでん 柔道記 No.17】

平沼道場に通う生徒たち
また、競技環境の改善にも継続的に取り組んできました。JUDOs様をはじめ、現地日系企業の駐在員の方々の協力を得て、日本から柔道衣や畳などの柔道用具を多数寄付していただき、練習環境の整備を進めてきました。設備が整うことで、選手たちの意識や練習の質にも変化が生まれ、日々の稽古をより競技的な水準に近づけることができました。
人的な交流という面では、日本から複数のコーチをミャンマーに招き、現地での指導や合同練習を実施しました。外部の指導者が関わることで、選手や現地コーチにとって新たな刺激となり、視野を広げる機会にもなりました。また、日本への遠征を実現できたことは、選手たちにとって国際基準を体感する貴重な経験となりました。 (ミャンマー🇲🇲より【めんでん 柔道記 No.13 / No.16 / No.21】

JUDOs様、在緬駐在員の皆様のご協力で柔道衣を運搬中
さらに、在ミャンマー日本大使館と平沼道場の共催により、「Junior Judo Japan Cup Myanmar」を開催することができました。この大会は、単なる競技会ではなく、長く途絶えていた国際的な柔道交流を再び動かすための取り組みでもありました。多くの関係者の協力のもと、柔道を通じた民間レベルでの国際交流の一つの形を示すことができたと感じています。(ミャンマー🇲🇲より【めんでん 柔道記 No.21】 )
これらの取り組みは、SEA Games の結果に直接結びつくものばかりではありません。しかし、競技力の向上だけでなく、育成、環境、国際交流といった土台を整えることは、長期的に見れば不可欠な要素です。この3年間で行ってきたことは、そのための準備であり、将来に向けた投資でもありました。そして、こうした積み重ねこそが、次の成果につながっていくと考えています。

Junior Judo Japan Cup Myanmarの集合写真
第5章 この3年間で変わった、指導者としての視点
ミャンマーでの3年間を振り返ると、競技力や実績以上に、自身の視点や役割が大きく変化した時間であったと感じています。日本やカナダで指導に携わっていた頃と比べても、柔道に向き合う姿勢そのものが変わったと言っても過言ではありません。
当初は、良い練習を積み、技術を高めることで結果につなげるという、比較的シンプルな指導の延長線で物事を考えていました。しかし実際には、競技以前の課題があまりにも多く、指導者として畳の上に立つだけでは前に進まない場面が何度もありました。
人を育てるには、情熱や思いだけでは不十分であることを、この3年間で学びました。考えや構想を共有するためには、言葉にし、資料に落とし込み、企画として提示する必要があります。また、すべてを自分で抱え込むのではなく、人に任せ、周囲を巻き込みながら全体を動かしていく視点も欠かせませんでした。
この3年間で、私は柔道の指導者であると同時に、環境を整える立場としての責任を強く意識するようになりました。競技力の向上だけでなく、組織、制度、情報、評価といった要素が、結果に直結する現実を、現場で何度も経験しました。
また、日本を外から見る立場になったことで、日本のスポーツシステムや育成環境の完成度の高さを、改めて実感することにもなりました。同時に、それらが決して当たり前のものではなく、多くの積み重ねの上に成り立っているという事実を、身をもって理解しました。
知っていることと、実際に行動できることは違います。考え、判断し、実行し、その結果を引き受ける。この「知行合一」を求められる環境に身を置いたことが、自身の価値観や判断基準を大きく鍛えてくれたと感じています。
ユニクロには、人の能力の2〜3倍の仕事と責任をあえて任せる
「大きい服を着させる」という考え方があると聞きました。
ミャンマーで過ごしたこの3年間は、私にとって、まさにその「大きい服」を着続けた時間だったのだと思います。簡単ではありませんでしたが、その服の中でもがき、考え、行動し続けた経験が、今の自分を形づくっています。
おわりに
ミャンマーに来てからの3年間は、決して楽な時間ではありませんでした。想定外の出来事が重なり、思うように進まないことも数多くありました。計画が白紙に戻ることもあれば、積み上げてきたものが一瞬で揺らぐこともあり、指導者として、また一人の人間として、何度も判断を迫られる時間でした。
それでも、この地で柔道に向き合い続けた時間は、自分にとってかけがえのない経験です。選手と向き合い、コーチと議論し、組織や制度の壁にぶつかりながら、それでも前に進もうとする日々の中で、「勝たせること」だけではない指導者の役割を、身をもって学びました。
SEA Games 2025 は、その3年間が一つの形として表れた舞台でした。団体戦で史上初のメダルを獲得できたことは、明確な成功であり、記録として残る成果です。同時に、その結果は、多くの課題や限界を突きつけるものでもありました。成功と課題、その両方を抱えたまま立ち続けることが、今のミャンマー柔道の現実なのだと思います。
結果を出したからこそ見える景色があり、結果を出したからこそ背負う責任があります。今回の成果は終点ではなく、次の段階へ進むための入口に過ぎません。その意味をどう受け止め、どう次につなげていくかが、これから問われていくのだと感じています。
この記録は、総括でも結論でもありません。ここまでの歩みを整理し、何を積み上げ、何が足りなかったのかを言葉にすることで、次に進むための通過点として書き残したものです。振り返るためではなく、前を向くための記録です。物語は、まだ終わっていません。
柔道を通じて人と出会い、文化や価値観の違いに直面し、時には国と国の間に立ちながら、結果と現実の狭間で考え続けた3年間でした。うまくいったことも、悔しさの残ることも、すべてが今の自分を形づくっています。そして、その一つひとつが、次の判断や行動の基準になっていくのだと思います。
この経験が、これからの自分自身の歩みだけでなく、ミャンマー柔道の未来にとっても、何らかの形で意味を持つものであってほしいと願っています。ここで得た学びと覚悟を胸に、立場や場所が変わったとしても、柔道と真摯に向き合い続けていく。その姿勢だけは、これからも変わらないつもりです。
3年間を経て、次へ。
歩みを止めるのではなく、積み上げたものを携えて、また一歩を踏み出します。

参考文献
- 33rd SEA Games Thailand 2025 Official Site , https://www.seagames2025.org/
- TBS NEWS DIG powerd byJNN , “1200万人以上が深刻な飢餓に直面” 軍政下で内戦激化のミャンマー 国連が人道危機の悪化に警鐘…国際社会に支援呼びかけ, https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2344845,2025/12/18閲覧
- 認定特定非営利活動法人JUDOs ミャンマーより🇲🇲めんでん柔道記4 https://judos.jp/myanmer4/ , No.13 https://judos.jp/myanmar13/ , No.16 https://judos.jp/myanmar16/ , No.17 https://judos.jp/myanmar17/ , no.21https://judos.jp/myanmar21/
平沼大和(ひらぬまやまと)
1997年北海道生まれ、2023年からミャンマー柔道連盟ナショナルチーム代表監督。中央大学商学部会計学科卒業、体育連盟柔道部所属。柔道実業団選手としてスポーツひのまるキッズ協会に所属の後、カナダ柔道連盟ナショナルチームアシスタントコーチを経て現職。
JUDOsでは海外で柔道指導をしている方々の活動記を紹介しています。興味のある方は事務局までご連絡ください。

