JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。
ネパール
で2025年3月から柔道指導をしていた松本あゆみさんからの報告です。
3月14日〜エベレスト柔道クラブでの指導が始まりました
「エベレスト柔道クラブ」は3つの柔道クラブの総称です。それぞれチョーリカルカ学校、モンジョ学校、クムジュン学校に道場があります。普段はKazi Sherpa先生が統括され、今は若い指導者が各クラブで指導にあたっています。今回受けた要望は特に礼儀や尊敬等の人間性、基本的な日本の柔道指導でした。そこで、これまで「エベレスト柔道クラブ」が大切にされてきたことを共有したうえで、指導にあたりました。
3月15日
チョーリカルカ学校の道場で稽古をするため、宿から片道20分をかけて移動しました。柔道場に着くと時間に遅れてくる子どもが何名かいました。なぜ遅れてしまったのか理由を聞き、稽古の時間を割いて話をしました。稽古後には「先生、ごめんなさい」と一人ひとりが謝ってくれました。次の日、道場に着くと、稽古開始まで15分あるというのに、前日に教えた技や技術を練習していました。言葉の壁を越えて私の指導が響いたこと、時間に送れずに来ようと努力してくれたことがとてもうれしかったです。
チョーリカルカ学校では、小学生から高校生までの子どもたちを対象に基本的な受け身、体捌き、つくり、崩し、技等を指導し、4月16〜18日にカトマンズで行われるNECOS INTERNATIONAL JUDO CHAMPIONSHIP&PARA JUDO CHAMPIONSHIPに向けての選考と強化を行います。

柔道場へ向かうまでの道

自主練習の様子
3月16日〜4月1日
学校の授業後、16時15分から18時まで稽古をしました。子どもたちの真剣さや一生懸命頑張る姿に何度も心を動かされました。期間は短いですが、少しずつ成長が見られ。指導が形になっていくことが実感できます。また、子どもたち自身も変化を感じているようでした。
4月2〜13日
学校の授業が終わり、春休みを迎えた4月2日から12日まではクムジュン村(世界一高い柔道場)から先生と生徒2人が来て午前・午後ともに、一緒に追い込み練習をすることになりました。午前は10時から12時まで基本的なことや、技術や技の確認を、午後は16時15分から17時45分頃まで立ち技と寝技、練習試合を中心とした稽古を行いました。
子どもたちは2部練習など経験したことがないので心配していましたが、無事に最終日まで稽古を行うことができました。柔道衣は一人1着しか持っていないので13日は洗濯と休養日にあて、翌日の出発に備えました。 エベレスト柔道クラブで指導をする前の私は、レベルが高い子と低い子に教えられることは分けたほうがよいと考えていました。でも、子どもたちは、レベルに関係なく、私が伝えたことに本気になって取り組んでくれました。圧倒的な熱量と努力で成長していく姿を見て、レベルの違いに関係なく、本気になれば同じだけのことができるのだということを学ばせてもらいました。
また週に1回、稽古の中で相撲大会(団体戦)を開催したり、折り紙でエベレストやポケモンを作ったりと日本文化に触れる時間もつくりました。日本出発前に柔道の哲学や歴史をまとめていた紙芝居を使い、1日かけて柔道について勉強する日を設けました。
紙芝居はSHYAM MAHARJAN氏に日本語からネパール語へ翻訳をしていただきました。ネパール出身の方で現在は日本にお住まいです。40枚にわたる翻訳は大変な作業だったと思いますが、子どもたちのためにと時間を費やしてくださいました。SHYAM MAHARJAN氏のご協力に心から感謝申しあげます。

折り紙でエベレストづくり

折り紙でピカチュウづくり


翻訳していただいた紙芝居

皆で柔道勉強
またルクラ滞在中に、今回ご支援をいただいているオーストリア出身の柔道家、Sabrina Filzmoser氏が来てくださいました。同じホテルに滞在し、子どもたちと寝食を共にされていました。これまで多くのご支援をされていますが、中でも驚いたのは4月14日にルクラからカトマンズへ移動するときのことです。本来ならばルクラにあるテンジン・ヒラリー空港からカトマンズ空港行き(直通)もあるのですが、今回の移動はラメチャップ空港止まりでそこからは車で6時間の移動でした。経済的にも余裕があるので一人で直通の飛行機に乗ることも可能だったと思いますが、子どもたちと一緒に行動するという選択をされていました。同じ机で食事をし、同じバスに揺られて目的地へ向かう。オリンピックにも出場し、さまざまな大会でメダリストになられたSabrina Filzmoser氏ですが、その在り方に感銘を受けました。


4月14日 ルクラ→カトマンズへ移動
お世話になった宿の方にお礼のブレスレットを渡すと手首につけ空港まで見送りにきてくださいました。手続きを済ませて荷物を預けようとすると子どもたちは荷物を測る機械に乗り、体重を確認していました。テンジン・ヒラリー空港からラメチャップ空港まで約20分ほどで着きました。空港から車に乗り約6時間かけてカトマンズへ移動、ホテルに到着し休憩しました。夜は皆でボダナート(チベット仏教の総本山)を観光し、食事をしました。
4月15日 試合会場へ
朝食を済ませMMAC道場に移動し、明日16日から始まるINTERNATIONAL JUDO CHAMPIONSHIP&PARA JUDO CHAMPIONSHIPの大会会場の下見に行きました。日本では大会会場というと試合場が4〜8つあるイメージですが、会場に入ると1試合場だけでした。これも海外にきたからこそ味わえる光景であり、所属に関係なく皆で1試合を見るというのはとても温かいなと思いました。 会場設営後にブータンチームと一緒に合同練習をしたのですが、チームを指揮されていたTandin Wangchuk先生は以前、北海道にある道都大学に留学し、柔道を学ばれていた方でした。道都大学は私の実家の近くにある為、ご縁を感じました。
4月16日 PARA JUDO CHAMPIONSHlP観戦と前日計量
朝一番でMMAC道場へ移動、計量を済ませました。午後からはネパールでカメラマンをされている古屋祐輔氏と再会し、PARAJUDO CHAMPIONSHlPを観戦しました。11月に日本で行われる2025年東京デフリンピックの選考会でもあったそうでとても貴重な機会となりました。大会後、一緒にカフェに行き、情報共有をしたりリラックスした時間を過ごすことができました。
4月17日・18日 INTERNATIONAL JUDO CHAMPIONSHlP
朝、Kazi Sherpa先生と合流してから大会会場に入り、ウォーミングアップをしました。エベレスト柔道クラブからは10名の選手が出場しました。少し緊張しているようでしたが、果敢に向かっていく姿はとても逞しかったです。これまで磨いてきた技や技術を挑戦している姿を見て繋がりを感じました。試合に負けると「先生、ごめん」と謝っていました。怒りではなく悲しみ、負けたときにでも人を想える心の温かさに感動しました。大会を通して様々な感情や感動と経験ができた彼らがこれから先どのように生かし、それぞれの人生を送っていくのか。とても楽しみですし、子どもたちは希望そのものだなと感じました。
今回の大会ではコーチボックスに入らせていただきました。本来であれば長年指導に携わっているKazi Sherpa先生が入るべきです。しかし異国から来た人間を受け入れ、大事な教え子を預けてくださいました。Kazi Sherpa先生のお心遣いと温かさがうれしかったです。
大会には、会場まで2〜3日もかけて移動してきたチームや子どもたちを応援する家族の姿がありました。そのため、一試合にかける思いや応援も熱かったです。大会を通して私自身が得られたこと、さまざまな国やクラブとの関わりを持つことができたとても有意義な時間となりました。大会を終え、Kazi Sherpa先生、Sabrina Filzmoser氏と子どもたちと一緒に夕食をとりました。
4月19日 1日観光
Kazi Sherpa先生と子どもたちと一緒にスワヤンブナート、ネパール国立博物館を観光しました。子どもたちは普段、山のほうに住んでいるためとても興奮していました。カトマンズでの時間を皆で一緒に楽しみました。
4月20日 移動日①
大会が終わりカトマンズからルクラへ戻るため、車を使い2日かけて移動します。 この日は朝5時にカトマンズを出発し、パブロまで移動。途中休憩をとりながら10時間ほどかけて夕方に到着しました。夕食をとり、次の日に備えました。
4月21日 移動日②
朝5時30分にパブロを出発。パブロからルクラ近くまでは8時間ほどかかりました。日本では考えられない道と傾斜でしたが、無事に着くことができました。ここから宿までは道がないため、車から降りて2時間のトレッキングをして向かいました。宿の方々と1週間ぶりの再会を果たし、夕食をご一緒しました。
4月22日 移動日③
朝5時に起床し、散歩をしてから朝食をとり8時30分に出発。1カ月間お世話になったルクラを後にしモンジョ村にある柔道場へ向かうため、山を登ります。 ルクラでは宿の方々やお店の人と食事をしたり、子どもたちと卓球をしたり、一緒に髪を切りに行ったりとたくさんの思い出をつくることができました。私にとって特別な場所になりました。
ルクラでの思い出
ルクラからモンジョ村へ移動
ルクラからモンジョ村までは4時間ほどのトレッキングでした。自然を感じながら、新しい景色を見るのはとても楽しかったです。お世話になる宿はKazi Sherpa先生のご家族が経営されており、2週間滞在します。
4月23日〜5月5日 モンジョ学校での柔道指導
対象は6歳から12歳の10名程で、受け身を中心に指導しました。 1日の稽古は1時間30分。
稽古は1.柔道理念確認、2.柔道衣確認、3.礼法、4.受け身、5.ミニゲームという流れで展開しました。
上級生を中心に分かれての指導、個々に説明や発表の機会を設けると主体的に取り組んでくれました。最初は恥ずかしがっていた子どもたちも少しずつ変わっていきました。人間的な成長も見られてうれしかったです。中日には折り紙で両親やお世話になっている方々へのお礼の手紙を書き、エベレストも作りました。 毎日柔道の稽古が終わると皆でお店に行き、お菓子を食べることが習慣となっていました。子どもたちは柔道指導へのありがとうの感謝の気持ちを飴や現地のお菓子を分けて渡し、伝えてくれました。
2週間の柔道指導はあっという間でした。 稽古最終日にはKazi Sherpa先生ご家族のお心遣いで子ども達と一緒に昼食を食べました。たくさんの食事とサプライズのケーキ、何よりも一緒に時間を過ごせたことがとてもうれしかったです。
私もプレゼントを渡し、写真を撮りました。食事を終え、皆で柔道場へ移動し、最後の稽古を終えました。畳が重たいので上級生を中心に掃除をしていると、小さな子どもたちが自分よりも大きい畳を一生懸命に運ぶ姿、協力して運ぶ姿がありました。別れの挨拶をして帰っていると遠くから子どもたちが「先生、ありがとう」と大きな声で言いながら、手を振って見送ってくれました。
何度も何度も、姿が見えなくなるまで伝えてくれる「ありがとう」に感動し、幸せな気持ちになりました。こちらのほうがたくさんのありがとうだよと思いながら、思い出を振り返っていました。 最終日の夜にはKazi 先生のご家族と一緒に食事をしました。
「あなたは家族だから何かあれば何でも言って」と接してくださる皆さんの温かさに支えられた2週間でした。滞在中はKazi 先生のお兄さんであるThrwaさんと毎日一緒に牛の乳搾りをしました。牛の名前はMAYA、ネパール語で愛という意味があるそうです。
日本ではスーパーにいけば何でも買えますが、生産者の顔を見ることはできません。ここでは、目の前に牛がいて命をいただいていることを実感します。豊かな社会の中で生きることができていますが、食材や料理、様々なことには目には見えない人の繫がりがあり、多くの方々によって運ばれていること。改めて社会の繋がり、感謝の心を大切にしたいと思いました。
また滞在中、宿には日本の方が4日連続で来られるなどのご縁がありました。様々な職業の方とお話し、人生観や日本・世界についても学ぶことができとても充実した日々になりました。 お世話になった柔道クラブの子どもたちと宿の方々とお別れするのは寂しかったですが、モンジョ村(世界一高い柔道場、標高3,790m)に向けての新しい旅が始まりました。
(つづく)
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