JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。
ネパールで2025年3月から柔道指導をしていた松本あゆみさんからの最後の報告です。
5月7日〜5月28日まで、世界一高い柔道場 クムジュン学校での柔道指導を行いました
5月7日〜5月26日
クムジュン学校では初心者と経験者の2つのクラスに分かれて柔道指導を行いました。
〜初心者クラス〜
→受け身を中心に指導
月曜日 休み
火曜日 16時15分〜17時45分
水曜日 休み
木曜日 16時15分〜17時45分
金曜日 14時〜15時 柔道の動きを使った遊び
土曜日 10時〜11時 柔道勉強、日本文化
日曜日 16時15分〜17時45分
〜経験者クラス〜
→朝の稽古:受け身と寝技中心
→午後の稽古:体捌きと立ち技中心
月曜日 7時〜8時/16時15分〜17時45分
火曜日 7時〜8時
水曜日 7時〜8時/16時15分〜17時45分
木曜日 7時〜8時
金曜日 15時〜16時 柔道の動きを使った遊び
土曜日 11時〜12時 柔道勉強、日本文化
日曜日 7時〜8時
どちらのクラスも小学生から高校生までの13名ほどを対象に柔道指導を行いました。時間を重ねていく中で心を開いてくれたり、通いあっていくことを感じることができ嬉しかったです。子ども達への指導を通して私自身も柔道指導の幅を広げることができました。
休日の過ごし方
生徒の家に招待いただき一緒に食事をし、夜遅くまで話しをして笑ったりと家族の温かさに触れました。また柔道クラブの皆と博物館に行きローカルフードを食べたり、お世話になったロッジの方と標高4,200mほどの山に登り観光する等とても充実した日々を過ごすことができました。
休日子ども達と一緒に博物館鑑賞、ローカルフード
生徒のお母さんが作ってくれたモモとポテトパンケーキ
5月27日 標高3,400m、12kmのマラソン大会に挑戦!
朝4時に起床、5時30分に子ども達がロッジに到着、それぞれに作ったドリンクを渡しました。5時45分にロッジを出発し会場であるナムチェで受付をしてからゼッケンを受け取り、開会式が行われました。8時からマラソンがスタート、距離は12kmで一周まわるような形でした。道はフラットではなく山を超えていくような感じで、一般的なマラソンの概念を覆す道でした。高山病や体調面を考慮し、走ったり歩いたりしながらの参加でしたが、とても楽しかったです。子ども達は「先生、これはマラソンじゃない」と言いながらもそれぞれが一生懸命に走っていました。最後まで諦めずにゴールテープを切ったときの子ども達の表情を見た時に感動しました。
住んでいるクムジュン村からマラソン大会が行われるナムチェまでは5kmほど、マラソン12km、ナムチェからクムジュン村まで5kmほど、合計して22kmほどの移動・ランニングでした。
実はエベレスト柔道クラブとしてのマラソン大会挑戦に至るまでにはいくつか超えなければならない壁がありました。前例がなく初めての挑戦だったのです。
→5月25日、山を350mほど下りたナムチェでネパールの方だけが参加できるローカルマラソンが行われることを知りました。今までクムジュン学校では個人の参加はありましたが、クラブとしての参加はありませんでした。ここでは教員や保護者に勉強の価値は理解されていますが、スポーツの価値はそこまで認められていません。以前からそのことを危惧していた人達の話しを聞いていました。翌日、ナムチェでマラソン大会が行われることを子ども達に話すと全員が挑戦してみたいと手を挙げました。稽古後、子ども達と一緒に校長先生にお願いをしにいきました。校長先生からはリスクも考慮し10人を選抜してほしいと話しがありました。授業後に学校のグラウンドでグループ毎にランニングをしタイム測定・セレクションを行いました。そして選ばれた子ども達(男子5名、女子5名)と一緒に行くことが許可されました。全員で走ることが叶わず出場できない子ども達に謝ると笑顔で応援していると伝えてくれました。
皆の応援を受けながら全員が走りきれたこの経験はとても価値のあるものだと思います。主要教科とよばれる教科はとても大切だと思いますが、副教科とよばれる音楽や美術、技術家庭、保健体育等の教科は数値で測ることのできない心を育てる側面が強いと思います。勉強だけでは得られないこと、今回の挑戦から子ども達が感じ得たことがこれから先の人生を照らすものになれば嬉しいです。
5月28日 最後の柔道指導を終えました
前日、マラソン大会に出場した選手は朝の稽古は休むように伝えましたが、道場に着くと一緒に参加しています。「先生の指導が最後だから、休まない」と来てくれました。午後の稽古では準備体操をしている時に一人の子どもが泣き、二人、三人と広がり全員が泣いた状態で稽古が始まりました。最後に話しをすると私の為に号泣してくれました。今まで日本、海外でも柔道指導をさせていただきましたが、初めての経験でした。お互い場所は違っても心は共にあること、また戻ってくることを約束し稽古を終えました。
学校側がサプライズでエベレスト柔道クラブの皆と夕食を食べる機会を設けてくださいました。私はお茶漬けを用意し振る舞い、ネパールの伝統料理であるダルバットを一緒に食べました。最後にはサプライズのケーキとそれぞれのクラスからプレゼントをいただきました。この3ヶ月間多くのことを学ばせていただきましたが特に心に残っているのは、人々と共有したり、分け合うことで感じる幸せです。お金では買うことのできない本当に特別な時間でした。
柔道指導最終日 子ども達と一緒に食事
5月29日 移動日①
クムジュン→ナムチェ→ジョーサリーと3時間ほどかけて移動し、Kazi Sherpa先生が経営されているロッジに到着しました。これまでの指導報告や情報共有をし、夕食をご一緒させていただきました。Kazi Sherpa先生の柔道に対する情熱や哲学に触れることができたとても貴重な時間となりました。
最後の最後まで見送り
Kazi Sherpa先生ご家族 伝統的な民族衣装
労いのケーキ
5月30日 移動日②
チョーリカルカ学校訪問
朝8時に出発、ジョーサリーからルクラまでは3時間ほどのトレッキングでした。カトマンズでもお世話になっていたPasangさんと合流、昼食をご一緒し一番最初に柔道指導が始まったチョーリカルカ学校に着きました。校長先生が来られ、言葉をかけてくださいました。最後に子ども達に話しをさせていただき一緒に写真を撮りました。ロッジに着き夕食を食べ終えると3ヶ月間のエベレスト地域での柔道指導を労うサプライズのケーキが用意されていました。再会したご家族と一緒に食べるケーキはとても美味しかったです。3月から始まった柔道指導、全日程を終えました。
チョーリカルカ学校の子ども達と
私は何度か海外で柔道指導をさせていただく機会に恵まれました。これまでの学びや経験から感じたことを書かせていただきます。
一人ひとりの柔道の背景には国の歴史、文化、精神性が含まれ、更に個人的な人格や芸術性も反映され一つの柔道となると思います。どのような柔道でも、その人が歩んできた過程や努力を尊重する心が大切だと思います。なぜなら柔道はその人が生きてきた人生そのものであり、その人に関わった人達との物語が紡がれていると思うからです。
今回のネパール滞在、二人の友情物語と柔道指導から感じたことは「柔道は私たちみんなの柔道」だということ。「柔道を通して、何かを通して私たち人間は心を通わせることができる」ということです。
過ごさせていただいた日々や思い出、すべてが大切な宝物であり生涯心に残り続けると思います。子ども達や現地の方々から受けた沢山の想いと感謝を心に留めて生きていきたいです。そして私の今の夢は柔道を通して個人間、国を繋げる役割を果たすということ、皆の幸せの為に柔道を活用していくということです。お陰様と恩送りの心を大切に、今後も私ができる最善を尽くしていきます。
最後に
3ヶ月に渡る指導ではエベレスト地域の皆様にお世話になりました。厳しい生活の中で生まれた自然への畏敬の念と深い信仰、愛情、慈悲の心。これからどれだけ科学が発展しても変わらない普遍的なことを教えてくれます。紡がれてきた人々と民族の歴史。その言語や文化、精神性が受け継がれていくことを心から願っています。
柔道指導にあたりご支援を賜わったネパール柔道関係者の皆様、エベレスト柔道クラブの皆様、JUDOs様、オーストリア柔道連盟様、YULF様、Sabrina Filzmoser様、関わってくださった全ての方々に心から感謝申し上げます。
柔道の輪、世界の輪が広がることを願って