JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。
今回は、2025年3月まで東海大学柔道部の国際交流担当としてJUDOsの活動にかかわり、現在はJICA青年海外協力隊としてパラオで活動している田畑翔太朗さんからの報告第3段です!
ダイジョーブ日記#3
目次
- 子供が増えた!
- 初めてのベビーシャワーに参戦
- パラオに残る日本
こんにちは。現在パラオで柔道指導をしています。田畑翔太朗です。
日本もだいぶ暖かくなっていますでしょうか。こちらはもちろん常に熱い毎日です。日差しが強くて日本にいた頃より、だいぶ日焼けをしています。前、スーパーで店員さんと話していたら出身を聞かれたので日本と答えたら、「ごめん。だけど、フィリピンだと思った」と言われました。(笑)
日焼けのせいか、元からの顔のせいか。
パラオに来てから、半年が経ちました。
自由な時間はたっぷりあるのですが、生活などで精神的に大変なことが多く、長かったのか短かったのか正直言ってわからないです(笑)
そのせいか、最近は食後にずっと胃が痛かったりその代償がきています。(笑)
今回の日記は少し休んでいた分長くなります。
子供が増えた!
前からの報告から新しく柔道のクラスに子供達が6人増えました。ワンオペ状態なので大変ですが人が増えて活気が出てきたのはとっても嬉しいです。
新しい子達は6歳、7歳の兄弟と小学生のクラスなのになぜか、会長が5歳の子を2人加入させていました。後6歳の子が2人です。でもパラオ人はその兄弟だけなのでパラオ人への普及をしなければと思っています。
その子たちはまだまだ子供なので柔道場に来ることが習慣化してくれるだけで良いなと思って指導しています。
畳をきれいにしました!
これは私の功績です(笑)。一人で3日間かけて畳をどけて敷いて、調整して繰り返して出来上がりました。やっと大きな隙間もなくなって乱取もできています。
隙間のない日本の道場がどれだけすごいのか改めて感じるきっかけになりました!

畳がある程度良くなって、これから活動の幅をどんどん拡大させていきたいと思っています。
まずは3月から5月の間にこの目標をたてました。
- 子供のクラスをレベルや年齢で分ける。
- 週に一回体験会を開く。
- 高校生以上のクラスの練習強度を増やす。
提案しては会長にデメリットを述べられ、意見を跳ね返されますがその度に解決策を考えて準備して挑んでます。
結果として、6月中に
- 子供のクラスを二つに分けること
- 高校生以上の練習を週3回柔道週2回トレーニング
を習慣化することに成功しました。
体験会はできませんでしたが、8月までには始めたいと計画しています。
最近指導等でうまくいかなかったときに自身の講道館研修員時代の発表会のことを思い出しました。題目は「競技柔道から広義の柔道へ」です。
その中で大正11年(1922) 講道館文化会設立された際の網領を使用させて頂きました。それは「 二 自己完成は他の完成を助くることに依って成就す」とあります。
パラオ柔道の現状など難しいところはたくさんありますが、道場に来てくれる子達を現段階から二年後柔道を通して、柔道の技術のみならず、人として少しでも成長させたいと思います。そしてそのことを会長や周りの人にも知ってもらいたい。その時には自己の完成にも大いに近づき、そして広義の柔道へと進んでいるのだろうと思い出しました。
←JUDOsポーズ!
ベイビーシャワーに参戦
ホームステイ先の家族の末っ子がパラオの伝統的な儀式である、ベイビーシャワーをするとのことで参加してきました。
べイビーシャワーは、アメリカで発祥したイベントですが、パラオでは異なります。
パラオのベイビーシャワーは、第1子が誕生した後に、無事出産出来たことを祝い、母親の体力回復を祈る儀式です。
お披露目イベントを「オモガット」といい、女性側、男性側の親族や友達を呼んで、女性はパラオの伝統衣装を身につけ、ターメリック(ウコンの場合もあり)とオイルを塗ります。
今回、私は父側の出席だったのでその準備は特に手伝いません。ですが、基本母側の家族が子供の世話をします。そのために式の3日前に父側の親戚がみんな集まって、お金を集めて母側の家族に渡します。私もお金を払いました。一回で数千ドル集まります。
そして式の時はずっと歌を歌う人がいて女性が1ドルをもって踊りに行きそのお金を母に払います。その間母親は伝統的な衣装のまま炎天下の中決まったポーズをとりながら踊ります。紫外線が日本の7倍もあるパラオでは見ているだけで大変そうです。またその間、汗がたれたりするとおつきの人が拭きます。
私は何をしていたかというとパラオは女尊男卑なので男子は後ろでずっと見ているだけです(笑)。 おばあちゃんたちのビール注ぎをしていました!
これを10時から19時まで続けていました。ホストファミリー曰く、昔は22時までやっていて、これでも短くなってきた方だそうです。(考えるだけで恐ろしいです笑)
式中はみんな幸せそうで、自分もその日は日頃のしんどさが少し和らいだように思います。
そして6月の中旬にホームステイを解消し、アパートに引っ越してきました。
ホストファミリーとはしっかりと話をして円満に解消したという形です。
半年の間ですが、ホストファミリーからはいろいろ学ばせていただいたと思っています。そして、これからも関係は続けていこうと思っています。パラオは狭すぎて結構会います(笑)。←ベビーシャワーでのご飯
伝統的船にたくさんの果物

ベイビーシャワーでのご飯

伝統的船にたくさんの果物
パラオに残る日本
皆さんご存知かもしれませんが、パラオは第一次世界大戦後から第二次世界大戦まで日本の統治下にありました。
そのため、今でも日本の文化などが多くパラオには残っています。
有名なのは言語です。パラオ語は日本語からも影響を受けており、多くの日本語が使われています。例えば、野菜はヤサイと言い、食事を買いたいときベントウと言えばご飯がついてきたりします。私が驚いたのは「ついで」はパラオ語でチュイデと言っていたことです。面白いですよね。
他にはパラオ人の名前も統治の影響が残っています。僕が仲良くさせてもらっているウエイトリフターの名前はキンタロウ・ベンです(笑)。他にもアイタロウさん、カナイさんなど名前を聞くとえっ!?となることが多いです。
ひぃおじいちゃんが日本人という人も何人か聞きました。そう思うと顔も少し日本人に似ている人も多いように感じます。
最後に
私は新規の隊員です。というのも私以前にパラオ柔道にJICAボランティアとしてきた人はいません。今の私の活動は誰も来ないので、先生に休む時間を与えているだけのように感じる時もあります。(実際会長(先生)自身にそう言われた)
もちろん、私からの連絡はほとんど既読無視です。
そして生徒は少ないですし、誰も来なかった日もあります。
大学生時の監督がおっしゃっていたように柔道は社会という中においてほんのわずかでしかないのだなと実感しています。そして、海外で柔道を1から広められた方々はほんとにすごいなと思います。
少しずつだけど、この半年で生徒は変わってきています。
前を向いて今日も頑張っていきましょう!!
最後までお読みいただきありがとうございました。

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