アラブ首長国連邦🇦🇪UAEより【シュクラン日記18】

UAE柔道連盟ジュニア・カデットコーチとして活動をしている芦田弘毅氏より活動報告が入りました。JUDOsでは、芦田弘毅氏の活動を支援していきます!

Please wait while flipbook is loading. For more related info, FAQs and issues please refer to dFlip 3D Flipbook Wordpress Help documentation.


テキストバージョンはこちら↓

2023年7月1日

シュクラン日記 ~No.18~

芦田 弘毅

活動報告

5月中旬から6月末にかけ、スペシャルオリンピックスUAE(以下SO UAE)最終合宿と、スペシャルオリンピックスワールドゲームス・ベルリン2023(以下SOWG Berlin)に柔道ヘッドコーチとして参加させて頂きました。この約5週間は貴重な経験、そして学びの多い夢のような時間でした。もちろん苦労したこと・困難もありましたが、SOWG Berlinに帯同できて良かったと心から感じています。

いつもより少し長い文章量になってしまいますが、最後までお読み頂けますと幸いです!!

1. スペシャルオリンピックス最終合宿

“SOWG Berlin 2023”出発前の最終合宿が5月22日~6月11日の3週間、アブダビの地方、アルアインにて行われました。私にとっても選手にとっても2022年12月からスタートした知的障害(ID)柔道の集大成となる合宿でした。アルアインでの滞在先はDanat Al Ain Resort Hotel、柔道の練習場所はAl Ain Sports Club for People of Determinationを利用させて頂きました。ちなみに「People of Determination」とは特別支援を要する人々を指す言葉で、「決意ある人々」という意味を持ちます。2017年にドバイ首長によって、この呼称で呼ぶよう決定されました。この背景には、近年の知的・身体に障害を抱える人々が様々な分野で達成してきた成果は、決意と意志が不可能を可能とし、目標達成しながら課題や困難な状況に立ち向かう人々を勇気付けていることから、「Disability(障害)」という、進歩や成果をあげられないことを表す言葉は誤称であるというドバイ首長の考えがあります。また呼称のみならず、「決意ある人々」の尊厳を保証し、社会参加しやすいよう、本質的な取り組みも国内で進められているように感じます。


強化合宿中の滞在場所 Danat Al Ain Resort Hotel

さて、少し余談を挟んでしまいましたが、合宿に関しては、朝・夕各1時間半の練習を、金曜日を除いた週6日行い、金曜日は、お祈り、アクティビティー、家族との面会日と、選手が息抜きできる日として設定されていました。また本合宿においてはドクターやセラピストも常駐し、選手に怪我や体調不良が起こった際に早急に対応できるよう万全な対策も取られていました。特にスペシャルオリンピックスに所属するアスリートは基礎疾患を抱える者、定期的な投薬が必要な者も多数いましたので、各コーチはドクターと情報共有しながら、選手の健康管理に注視する必要がありました。

柔道競技においては、これまで4名の選手と練習してきましたが、最終的に試合に参加できるのは男女1名ずつということだったので、本合宿では2名の選手(写真:(男)サーリム(女)ローダ)を対象に指導を行いました。


中央左:サーリム、中央右:ローダ、右端:アブドゥラ 

練習内容としては新しい技の習得に重点を置くというよりも、①柔道における体の使い方や基礎的な運動能力を更に高めること、➁今までに身に付けた技をさらに磨くこと、③連絡技を身に付けること、の3点をメインに取り組みました。たった2名の選手ですが、サーリムとローダでは理解力や運動能力、集中力に大きな差があり、同じ稽古内容を行うことが困難だったため、サポートコーチのアブドゥラ(写真3枚目、青柔道着)にも協力してもらいながら稽古に取り組みました。3週間という長期間の合宿において特に難しかったのが選手の心理的サポートでした。日によってモチベ―ションにムラがあり、練習とは別の要因(友達と喧嘩した、眼鏡を失くした等)で気分が下がっていることもありました。また練習に向かう前に腕が痛い・膝が痛いと言い出すこともあり、本当に痛いのか、練習を休みたいのかを見極める必要がありました。ほとんどは後者なのですが、念のため、都度ドクターに相談するようにしていました。ただ、他競技でも同様のことが起こる為、ドクターも対応には非常に慣れており、

ドクター:「怪我したらベルリン行けないね、金メダル取れないね。残念だ!!本当に痛い

の?」

選手:「痛くない、練習する!金メダル欲しい。」

ドクター:「ベルリンで金メダル見せてね!」

このやり取りを何度も耳にしました。凄く可愛らしい会話ですよね。(笑)そんなドクターの心強いサポートのお蔭もあり、合宿を通して、サーリム、ローダ共に身体能力、柔道の技術共に随分向上したように思います。サーリムにおいては崩しを意識しながら技をかけられるようになりましたし、自護体をとりながら相手の技を受けられるようにもなりました。ローダに関しても、合宿以前の練習では10歩走れば疲れたと項垂れていたのに、合宿では見違えたように2分間の軽いランニングができるようになった他、片足でのケンケンも習得しました。それに伴い、大外刈りを掛けた後ケンケンで追っていくこともできるようになりました。心身共に強く逞しくなったサーリムとローダ、そしてサポートコーチのアブドゥラの協力のお蔭で、非常に良い状態で合宿を終えることが出来ました!


ルールの確認


寝技の練習


サーリムの好きな一本背負投の練習

ちなみに、ここまで柔道の事を中心に書かせて頂きましたが、合宿中は柔道以外にも様々な行事やアクティビティーがありましたので写真と共に簡単に紹介できればと思います。

① 映画鑑賞

皆で映画館に行き、スーパーマリオブラザーズを鑑賞しました。最後ハッピーエンドのシーンではスタンディングオベーションで歓喜に溢れていました!

➁ ペイントやゲームのアクティビティー

週に1~2日はペイントやテレビゲーム、VRゲームを楽しめる時間がありました。私はVRゲームで心肺蘇生の試験を受けさせられましたが、100点満点中98点取ることが出来ました。誰かに何かあったとき、心肺蘇生は上手くできそうです。

③記者会見並びにADNOC(アブダビ国営石油会社)とのパートナーシップ契約

アブダビ市内にあるAbu Dhabi Energy Centerにて執り行われました。ADNOCからはCEOであるDr. Sultan Ahmed Al-Jaber、SO UAEからはHE. Shamma Suhail Al Mazrui、HE. Talal Al Hashemiが出席していました。

④家族との面会

家族との面会日は、ホテルの中庭を解放し、選手の保護者、各コーチの子供達が楽しめるよう、遊具の設置やファーストフードの無料配布等、様々なアクティビティーが用意されていました。

 合宿中は当然、各競技の練習が中心のスケジュールとなりますが、その中でも選手たちが息抜きでき、ストレスをため込まないよう工夫されている素晴らしい合宿だと感じました。加えて、選手、コーチ、チーム管理部全員が常に笑顔の環境だったので、私自身も心穏やかに3週間過すことが出来ました!またSO UAE合宿とは別件ではありますが、3週間の合宿の中でも週に2日、午後はアブダビに戻らせて頂き、日本人学校での通常の柔道稽古も継続しました。移動距離が往復300kmとなかなかハードでしたが、様々なサポートがありアブダビでの練習が存続していますので、アブダビの練習は極力止めないよう今後も努めていきたいです。さて、いよいよベルリン出発です!!

2. Special Olympics World Games Berlin 2023
『2023年 スペシャルオリンピックス夏季世界大会・ベルリン』

SOWG Berlin 2023は6月16日~25日の期間で開催されました。初日の開会式は、私が想像していた以上に盛大で、驚きの連発でした!国ごとの行進も聖火点灯も、ドイツを代表する有名アーティストの演奏も、どれも迫力があり、ここに来られて良かったと感じた瞬間でした。また開会式が始まるまで、各国チーム団は会場の裏で待機するのですが、その間に国のバッチを交換し合うのも、他の国と交流するきっかけになり楽しかったです!

開会式、UAEチームの行進

2日目以降は各スポーツのディジョニングが始まります。ディビジョニングとは、競技能力の到達度、性別、年齢等に応じてクラス分けすることです。スペシャルオリンピックスの試合は、ディビジョニングで分けられたグループ(柔道では1グループ最大5名)の中で総当たり戦を行い、順位が決定します。他競技では、試合同様にタイムの測定や演技披露が行われますが、柔道においては乱取等の試合形式で競い合うことは行わず、柔道のエクササイズを通して運動能力を評価します。柔道では2日間に分けてディビジョニングが行われ、初日は男女混合、2日目は男女に分かれ行われました。風船を使ったアイスブレーキングや受身・寝技を用いたエクササイズ等、バリエーションが非常に豊富でした。柔道のディビジョニングは他競技と比べても特殊で、コーチやボランティアを含め全員が参加でき、選手のみならず、参加者全員が楽しいと感じられるプログラムが考えられていました。ディビジョニングを通して「見て楽しい」「体験して楽しい」「誰でも参加できる」という柔道の新しいあり方を学ばせて頂いたと同時に、こういった柔道の楽しさを伝えていくことが、柔道普及には大切なことだと感じました。私自身もディビジョニングということを忘れて、生徒や他の国の選手と一緒に、楽しみながら参加することが出来ました!




ディビジョニングの様子

別の日にはディビジョニングとは異なる、ユニファイド形のワークショップと、非公式ユニファイド形競技大会が開催されました。ユニファイド形とは知的障害者と健常者が一緒に行う形で、「取(投げる側)」は知的障害を抱える人、「受(投げられる側)」が健常者と定められています。ワークショップではユニファイド形のルールや、動作の確認を行い、その後、非公式ユニファイド形競技大会開催(参加自由)の流れでしたが、主催者側の想定以上に参加希望が多かったようで、急遽抽選で選ばれたグループのみが出場できるルールに変更されました。UAEチームは運よく抽選で選ばれ、私とサーリム(男の子)で出場することにしました。ユニファイド形自体初めての挑戦だったので、失敗はいくつかありましたが、サーリムが楽しみながら取り組んでくれたので、挑戦して良かったと感じました。私にとってもユニファイド形は初の試みでしたが、自分の選手と畳にあがれたことは非常に良い思い出になりました。またスペシャルオリンピックスの歴史の中で、非公式ながらもユニファイド形を取り入れたのは初めてだそうで、記念すべきタイミングに立ち会えたのも貴重な経験になりました! 


非公式ユニファイド形競技大会


非公式ユニファイド形競技大会メダル授与式

 さて、柔道競技は6月22から開始しました。ローダ(女の子)は初日、サーリム(男の子)は2日目に出場しました。ディビジョニングによって、ローダは3名のグループ(Level3)、サーリムは5名のグループ(Level2)に分けられました。(Levelは知的障害や運動能力によって1~3に分けられ、Level1が比較的運動能力が高いということになります。 )私は勝ち負けよりも単純に柔道を楽しんで欲しかったので、「Enjoy!!」とだけ声を掛け、毎回畳に送り出しました。ローダは残念ながら2試合中どちらも負けてしまい3位、サーリムは大健闘し、4試合中3勝で2位となりました。ローダは心から柔道を楽しんでいる様子で、見ている人が笑顔になる素晴らしい試合をしてくれました。一方サーリムは、試合前少し緊張している様子も見受けられましたが、畳にあがると人が変わったように闘争心むき出しで、豪快に相手選手を投げていました。SO UAEで柔道指導をはじめて、約半年という短い準備期間でしたが、2人が逞しく勇敢に畳の上に立っている姿を見ることができて、本当に嬉しかったですし、私自身もコーチングボックスに座ってあんなに笑顔で声援を送ったのは初めてでした。最高の時間でした!!


サーリム お手本のような袈裟固


ローダ 必殺大外刈り

私も楽しんで取り組みました!!

さて柔道では銀メダル・銅メダルを獲得できましたが、他競技でもメダルラッシュは続き、UAEチームは全体では金メダル18個、銀メダル22個、銅メダル33個と、MENA圏(中東・北アフリカ地域)では最多メダル獲得数を誇りました。UAEチーム全体が凄く良い形で締めくくれてホッとしました。


SO UAE 柔道チーム


閉会式も凄い人の数!

6月25日に閉会式を迎え、翌26日にUAEに戻りましたが、UAEに戻った特に、無事帰ってこられた安心感と、終わってしまったのだという寂しさが同時に押し寄せてきました。心からやりがいを持って取り組んでいたからこそこういう気持ちになったのだと思うと、そのような活動に出会えた私は幸せ者ですね!とポジティブにとらえてみます。(笑)

このSO UAEの活動はシュクラン日記冒頭にもあるよう、2022年の年末から始まりましたが、活動開始当初、私にとって未知の世界であり、本を読んでみたり、YouTubeで動画を探したりと試行錯誤しながら、1回1回の練習を作り上げていきました。簡単なことではありませんでしたが、悩み悩み練習を繰り返す中で、少しずつ分かることも、出来ることも増えていきました。まだまだID柔道指導者として学ばなければならないことも多く、未熟者ですが、ID柔道に真剣に向き合った時間、そしてSOWGにヘッドコーチとして帯同できた経験は何にも代えがたい財産だと感じています。SOWG Berlinは終わってしまいましたが、ここで歩みを止めることなく、得た経験・知識をUAE国内で更に普及に繋げること、そして今後日本社会に還元することこそが、UAEと日本における柔道交流の意義だと思います。今後、どんな形であっても、ID柔道普及に貢献できるよう、更に邁進していきたいと感じていますので、引き続き応援いただけますと幸いです!