ケニア 🇰🇪より【ハクナ・マタタ・ウタタン日記 No.7】

JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。

アフリカ東部のケニア🇰🇪で国際柔道連盟の柔道指導者として活動をしている歌代勇祐さんからの報告です。


ハクナ・マタタ・ウタタン日記🇰🇪 No.7

どうもこんにちは。ケニアで柔道指導をさせていただいております、歌代勇祐(うたしろゆうすけ)です。

2026年がはじまって1ヶ月半が過ぎました。早いものです。順調な一年の幕開けとなりましたでしょうか。調子はいかがでしょうか。

僕はというと…。残念ながら、体調がすこぶる悪いです。ほのぼの快適ハッピーライフというわけにはいきません。冬だからですかね。ケニアはちっとも冬じゃないんですけどね。

さて、今回もずいぶんと長い記事になってしまいました。まずはこのページを開いていただき、ありがとうございます。数少ない貴重な読者の方々に、途中で逃げられるわけにはいきません。

そこで今回は、先に目次をお伝えします↓

はい、いつもより手が込んでおります。少しでも興味が湧いていたら嬉しいです。

さて早速はじめさせていただきます。

突然ですが僕ね、カレールーなしでカレーが作れるんですよ。

ごめんなさい、のっけから無駄話みたいになってしまって。料理の腕を自慢したいわけではございません。30歳になって突然スパイスカレーにこだわりだした、拗らせ自然派男でもございません。

僕以前、ブータンという国に住んでいました。そうです、『幸せな国』と言われるあのブータンです。そこでウータンは、カレーの作り方を学んだわけです。ブータン人、インド人、ネパール人から。

そんなわけで、度々作るんです。スパイスと食材はだいたい世界中どこでも手に入ります。

でもね、やっぱりあの『日本のカレー』の味は特別です。どうしても食べたくなります。恋しくなるんです。

全ての日本人といってもいいのではないでしょうか。誰もが通るあの味。嫌いな人はいないでしょう。あんなに美味しいのに、ルーさえあれば誰でも簡単に作れちゃいます。

企業努力の塊です。ハウス食品さん、エスビー食品さん、一生ついていきます。

そんな日本のカレーと企業に思いを馳せる昼下がりにスーパーマーケットで。僕の目に突然、それが飛び込んできたんです。

見てくださいこれ!

誰もが知る大手スーパーマーケットであるカルフールの陳列棚で、異彩を放っていました。金色に輝いて見えます!例のブツです!!

ジャパニーズイェン(日本円)にすると、一つ1200イェンほどと少しエクスペンシブですが、ノープロブレムです。

おっと、久しぶりの“ルー”に興奮して、“ルー大柴”になるところでした。あぶないあぶない。

4箱買いました。陳列棚のルーを買い占めました。ゴールデンですね。日本で見るより余計に輝いて見えます。これでいつでも日本の味が楽しめます。

なんてことを考えながら過ごしています。カレールーを見つけてハッピーになって、平和です。これが僕の、当たり前にある日常です。

一方で世界には、まったく違った“当たり前”の元で日常を過ごしている人たちがいます。(急な方向転換)

さて、本題に入ります。

難民」ってご存知ですか?

「難民」とは、“人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々”のことです。

…ちょっと難しいですね。

簡単に言えば「難民」とは、“さまざまな理由から住む場所を失い、国外に逃れなければならなかった人々”のことです。

「生まれ育った国から逃れなければならない。もう二度と帰ることができないかもしれない。」

祖国日本が大好きな僕は、想像するだけで胸が張り裂けそうになります。

これは遠い世界の話のようで、僕には結構近かったりします。

ケニアは世界でも最大級の避難先とされており、大きな難民キャンプが二つあります。

ソマリア国境付近の“ダダーブ難民キャンプ”と、南スーダン国境付近の“カクマ難民キャンプ”です。

IJF(国際柔道連盟)は、そういった難民キャンプで柔道を通じて平和、社会統合、子どもの保護を促進する社会貢献活動を推進しています。

僕がケニアで任せられているプロジェクトの一つが、“カクマ難民キャンプでの柔道普及”です。

プロジェクトは難航中、試行錯誤をしておりますが。

さて、難民の話題を掘り下げていくと、話があまりにもシリアスになってしまいます。ここではやめておきます。

 

難民選手がメダルを獲得しました!!

今回はそういった話ではなく。

ケニアに住む難民柔道選手が、明るい未来に向かって進んでいるという話です!

男子60kg級のケビン君です。

彼はブルンジ出身で、現在一人でケニアに住んでいます。

難民である彼は、ケニアで警察官や刑務官のような職に就くことができません。安定した職業に就くことは難しいです。だから良くも悪くも時間があり、昼間に実施する僕との練習に来るようになりました。

彼はもともとケニアの中で実力のある選手です。恵まれない環境の中で、柔道修行に励んできました。ケニアの国内大会ではよく上位入賞をしています。

彼の活躍が評価されて、昨年からIOC奨学金プログラムの一人に選ばれました。現在彼は、支援を受けながら柔道ができています。

そんな彼がついに、国際大会でメダルを手にしたんです。

■『アビジャンアフリカンオープン2025』

2025年11月30日にコートジボワールのアビジャンでアフリカンオープントーナメントが開催されました。今回ケニア人選手団は出場できませんでした。ですがIOCのサポートを受け、IRT(国際難民チーム)の選手としてケビンが出場しました。

そして彼は厳しい戦いをなんとか勝ち抜き、銅メダルを獲得しました!これは僕たちケニア柔道にとって、大きな前進なんです!(写真右から2番目がケビンです)

というのも、僕が赴任して以降シニアカテゴリーでのメダル獲得が初めてなんです!

今までも国際大会にはなんども挑戦しています。カデやジュニアではメダルを獲得する選手が増えてきました。一方でシニアトーナメントのレベルは高く、初戦を突破するのがやっとでした。

そんな中ケビンが、アフリカ地域の国際大会でメダルを獲得しました!

メダル獲得によって、彼は引き続きIOC奨学金の支援を受けられるでしょう。さらにケニアのオリンピック委員会から、賞金がもらえるはずです。

2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて、難民選手としてサポートを受けながら修行を続けていきます。

祖国を追われ難民として生きる彼が、柔道選手として第一線で活躍しています。

難民として生きてきた彼は、今までつらい思いをたくさんしてきたはずです。そんな彼が今も柔道修行に励んでいます。僕は彼の人生を一緒に歩んできたわけではありません。彼にとって柔道が何かを、僕が決めつけることはできません。

でも、“柔道が彼の人生が豊かにしている”ような気がします。

柔道って素敵ですよね。

さて、そんな彼の活躍による興奮が覚めやらぬうちに。です。

ケニアの若い選手たちが、12月16日にアンゴラで開催されたアフリカンユースゲームスに参加してきました。

■『アフリカンユースゲームス2025』

この大会は、アフリカ地域の若い選手のためのとても大きなイベントです。12月10日から20日にかけて、柔道だけでなくさまざまな競技が行われました。

この大会の柔道競技で、ケニアは二つの銅メダルを獲得しました。

女子48kg級でメダルを獲得したラエルちゃん(写真右端)は、昨年アフリカ大会で複数のメダルを獲得した選手です。今ケニアで最も勢いがあります。同世代の強い選手が集まった大会でしたが、メダルを獲得しました。

男子50kg級でメダルを獲得したハルン君(写真右端)は、今回が初の国際大会でした。彼は難民ではありませんが、もともとの生まれはタンザニアだったようです。そのためケニアでのパスポートの取得がなかなか進まず、国際大会に出場できていませんでした。

そんな彼のデビュー戦は、銅メダル獲得という結果となりました。初めての国際大会でたいしたものです。

そしてこの2名は、1月のアフリカ大会でもさらに活躍しました。

■『カサブランカアフリカンカップ2026』

2026年1月23日から25日に、モロッコでアフリカ柔道大会が開催されました。

今年はアフリカ地域だけでなく、ヨーロッパや中東、北米南米などから多くの選手が参加する大きな大会となりました。

そこで2名が銀メダルを獲得しました!12月にも活躍した女子48kg級のラエルと男子50kg級のハルンです。

ラエル(写真左から2人目)は手堅く勝ち上がっていきました。決勝では惜しくも敗れましたが、相手はアフリカ大会で何度も優勝をしている選手です。そんな選手とバッチリやり合えました。確実に伸びています。

ハルン(写真左から2人目)は2度目となる国際大会でしたが、オール一本で決勝まで進みました。決勝の相手は上手な柔道をする選手で、見事に投げられました。しかし開始直後には有効を先取しており、彼の技が通用するのを証明しました。

 

11月から立て続けに教え子たちの活躍を目にしました。

とってもハッピーで充実した日々を送っております!

と言えればよかったんですけど。単純にそういうわけにもいきません。

ここまでは最近のイベントの“華やかな部分”でした。一方で “残念な部分”もたくさんあります。挙げ始めたらきりがないのでしませんが。

ということで一部を。1月にあったカサブランカ遠征でのストレスフルイベントTOP3を発表します!

こちらです!

本来こういうのは第3位から詳細を発表するものですけども。話が前後するとややこしくなるので、時系列順に出来事をお伝えさせてください。

 

それは試合前、カサブランカに向かって教え子たちとケニアを出発した後のことです。

今回も航空券は連盟によって手配されました。出発の4時間前に。事前に日程が決まらないのはいつものことです。急いで空港に集まって出発しました。旅程ですが、経由地であるドーハ(カタール)での乗り換えがたったの1時間という極めて短いものでした。飛行機での乗り換えの場合、電車やバスとはわけが違います。1時間の乗り換え時間は、きわめて危ういです。

案の定、ナイロビドーハ間の飛行機は40分遅延しました。ケニア発の飛行機、遅延が多いんですよね。ドーハからカサブランカへのフライトには間に合いませんでした。

 

またかいっ!

 

これ、今回が初めてじゃないんですよ。うちの組織はよくやるんです。「乗り換え1時間じゃ間に合わない可能性が高いよ」って僕は毎回言っているんですけどね。彼らには響かないようです。

 

ドーハからカサブランカへのフライトを逃したので、別の便を探す必要があります。見つかったのは、カイロ(エジプト)を経由してカサブランカに飛ぶ便です。

予定よりだいぶ遅れて飛行機に乗り、カサブランカに到着できたものの…。

ホテルに到着したのは“試合当日の朝”です。

信じられます?“前日”でなく“当日”ですよ!

試合に出る選手たちが!!

 

もちろん試合前日に行われた公式計量には間に合いませんでした。計量は当日の朝させてもらうことになります。

つまり試合1日目のジュニアの選手たちは、試合当日の朝まで体重管理を続けたわけです。十分な食事をとれません。

そして“当日の朝”到着だったので、ホテルの部屋に荷物を置いて。その後一睡もすることなく試合会場に向かいました。

 

ありえない。試合前日に一睡もできないって。最悪のコンディションです。

ジュニアの選手たちには本当に申し訳ないです。

 

これが第一位の“最悪のコンディションで試合へ”になります。

 

トラブルはそれだけではないんです。

カサブランカへのフライトを終えたとき、チーム全員の預け入れ荷物(スーツケース)は届きませんでした。ロストバゲージ。いわゆるロスバゲです。

預け入れたスーツケースがないということはどういうことか。柔道衣がありません。帯もありません。遠征期間中の着替えもありません。日用品もありません。なんにもありません。

 

幸い試合には、運営側が用意した柔道衣を借りて出ることができました。

 

到着直後は寒過ぎて震えました。カサブランカの1月は寒い時期です。寒い時期の深夜というか朝方。コートがないんですもん。

着替えもありません。でも丸一週間同じ服を着続けるわけにもいきません。1日分の服は現地調達し、それを毎晩洗濯して使いまわしました。生きる力が強くなった気がします。

僕普段はコンタクトレンズをつけています。替えのレンズはありません。メガネもありません。一度レンズを外すと何も見えなくなります。だから同じレンズを一週間つけ続けました。毎朝眼球カッピカピです。

 

持ってきたはずの荷物が全部なくなり、不便な一週間を過ごしました。これが第二位の“ロスバゲ”です。

 

さて、そんなカサブランカでの大会を終え、帰路についたときです。空港で僕だけ止められてしまいました。

帰国のための航空券に、不備があったようです。それに加え、ケニア入国用のビザも手配されていませんでした。航空券もビザもない人が、飛行機に乗れるはずがありません。

 

なんでやねーん。

 

これも、今回が初めてじゃないんですよね。昨年10月の“リマ世界ジュニア選手権”の時にも同じことがあったんです。

事前に航空券の怪しい部分を僕は指摘していました。「ただの印刷ミスだから問題ない」と連盟役員に押し切られました。で、実際は問題があるわけです。よくあることです。この組織のもとでは。

 

もう試合を終えているので帰るだけなのに。

荷物がなくて不便だから早く家に帰りたいのに。

ついでに言えば次の日は僕の誕生日なのに。

僕だけ飛行機に乗れませんでした。

 

空港でチームを見送りました。僕だけカサブランカでの滞在が伸びました。その結果、空港で誰にも会わずに誕生日を過ごしました。

これです。これが“僕だけ帰れない事件”です。

 

そんなトラブルばかりのトラベルを終え、なんとかケニアに帰国しました。

そして帰国直後、がっつり高熱を出しました。頭痛、咳、喉の痛み、鼻水と戦っております。おそるべしストレスフル遠征。

 

選手たちはよく頑張っています。少しずつ良い結果に繋がっています。僕としてはもちろん嬉しいです。ただ、いいことばかりではありませんね。山あり谷あり。これが人生というものでしょうか。仕方ないですね、人間だもの。え?

 

今年しばらくは、ケニア柔道にとってイベントの多い勝負の年です。

・4月: アフリカシニア選手権大会ナイロビ

・7月: コモンウェルスゲームズ

・11月: ダカールユースオリンピックス

 

まずは4月に向けて、シニア選手の強化に力を入れています。現時点では実現可能かはまだわかりませんが、3月にはケニア国外での合宿も計画中です。

すなわち、休んでいる暇はないわけです!幸い帰国後は、シニア選手たちを集めて毎日トレーニングができています。ありがたいことです。

いつまでも鼻水を啜っているわけにはいきません。僕も気合を入れてまいります!

 

さて、最後まで読んでいただいた精鋭読者の皆様。いつもありがとうございます。

最後にここ数日の、シニア選手たちの練習風景を紹介させてください。

人数が多くて嬉しいです。

 

ここ最近はめちゃくちゃ反復練習をしています。

派手ではない寝技も、地味な反復練習も、彼らは好きではないですが。必要です。

ケニアには大柄な選手たちもいます。腰の位置高すぎ!足長すぎ!いや、僕の足が短いだけ?

こんな足の長さで刈り上げられたら、ひとたまりもありません。羨ましい。努力ではどうにもならない、遺伝子の差を見せつけられています。

デカいです。僕が教えているはずが…詰められてる感あります。なんか近いし。

この円陣、ハートの形に見えません?なんだかハッピーな気持ちになります。

みなさまにもハッピーが訪れますように。ではまた。

 


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