パラオ🇵🇼より【ダイジョーブ日記 No.1】

JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。

今回は、2025年3月まで東海大学柔道部の国際交流担当としてJUDOsの活動にかかわり、現在はJICA青年海外協力隊としてパラオで活動している田畑翔太朗さんが新しく加わってくださいました!


ダイジョーブ日記🇵🇼 No.1

Alii !! こんにちは。
この度、JUDOsにおいて日記を投稿させていただくことになりました。

青年海外協力隊2025年度2次隊で2025年12月8日からオセアニアにあるパラオに派遣されています。

田畑 翔太朗(たばた しょうたろう)です。

私自身、昨年度まで東海大学柔道部に所属しており、国際交流担当としてJUDOsにも携わらせていただいていました。
 

少し私の自己紹介をすると年齢は22歳(2月で23です)

出身は奈良県です! 

嫌いな食べ物はバナナです。

パラオではたくさんの種類のバナナがあります。甘くて中指ほどの長さのものや大きくて料理に使うなど様々です。最近、家の後ろに生えているバナナが甘くて克服できたかもしれません。食べたらカスタードクリームくらい甘くてびっくりしました(笑)


…取った後黄色くなるまで待ちます!

ところで皆さん、パラオという国はご存知でしょうか?

パラオは日本から真南に位置しており、時差はありません。

人口は1万8000人でパラオの首都・マルキョクの人口は約560人で、首都にしては人口が少ないのが特徴です。首都のマルキョクはバベルダオブ島の東海岸沿いにありますが、人口の約70%である約1万2600人は、わずか面積約8平方キロメートルのコロール島で暮らしています。パラオ最大都市・コロールは1575人/平方キロメートルで、日本では、神奈川県秦野市と同じ人口密度です。調べていてびっくりしました(笑)。パラオは、コロールに人口が集中しており、産業や経済が集中しています。わたしもコロールに住んでいます。

意外にも日本と深い関係があり、去年の10月から直行便が飛ぶようにもなりました。

(5時間ほどです、ぜひ旅行でどうですか??)

パラオは第一次世界大戦後から第二次世界大戦まで日本の統治下にありました。

その為、日本の文化が多く残っています。

パラオ語には多くの日本語が残っています。一番驚いたのはパラオ語でも「ついで」ということです。なので、「ついでに買って来て」という時は「ちゅいで」と言っています。その他にもいっぱいあるのでどこかのタイミングで紹介していこうと思います。

 

パラオは第二次世界大戦中に戦地になっており、太平洋における統治、戦略上、重要な基地だったそうです。

都市部を散歩していると野球場の裏に戦車がそのままであり、まだ戦争のあとが残っていました。

いま日本でパラオの一つの島であるペリリュー島での戦争を題材にした「ペリリュー 楽園のゲルニカ」が上映されているのでぜひ見てください!

(私はマンガで読みました!)

 

そして、本題の柔道ですがコロナ以降柔道人口が減ってしまい、小学生のクラスを週二回(一時間半)の練習しかない状態でした。

生徒も10人ほどしかいません。

現状にびっくりしましたが、まずは来てくれる子供たちの為に、楽しくかっこいい柔道を教えていきたいと思います。また並行して、年齢層を変えて柔道人口も少しずつ増やす普及も行っていこうと思います。

先週、パラオの教育省の方々に柔道をアピールして、パラオ高校の体育の授業に組み込んでもらえることになりました!!

という感じで、現状、自由な時間があるのでウエイトリフティングチームに週3で参加したりパラオメジャーリーグの野球選手として試合に出場したりしてます。

(初めての試合でヒットを打てました笑)

と本職がよくわかりませんが、子供たちと楽しく柔道して、生涯柔道をしていきたいと思ってもらえるように頑張ります。

パラオ語で「だいじょうぶ」は意味も使い方も同じで本当に多用しています。日本人よりも言っていると思います。

ホームステイなどで色々大変なことはありますが、大丈夫と言いながら前を向いていきます!

ダイジョーブ日記 No2でお会いしましょう!

Mesulang(メスーラン)ありがとうございました。


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