JUDOsでは、海外で柔道指導者として活躍されている方々の声をお届けする「海外からの柔道指導だより」を掲載しています。
アフリカ東部のケニアで国際柔道連盟の柔道指導者として活動をしている歌代勇祐さんからの報告です。
ハクナ・マタタ・ウタタン日記 No.6
どうもこんにちは。ケニアで柔道指導をさせていただいております、歌代勇祐(うたしろゆうすけ)です。
11月です。今回も過ごしやすい気候のナイロビから、些細なマウントと共に記事をはじめさせてもらおうと思っていました。ですが…今は汗ばんだTシャツで腕の痒みを我慢しながら、長距離バスに揺られています。

そろそろ乗車してから12時間になります。これについては追々お話しさせてください。
早速ですが、まずは最近のイベントの報告をさせてください。
リマ世界ジュニア
2025年10月5日から8日まで、南米のペルーでリマ世界ジュニア柔道選手権大会が開催されていました。日本代表チームも参加していました。連日素晴らしい戦いで、たくさんのメダルを獲得しました。
ケニアからは5名の教え子が出場しました。

勝利には届かなかったものの、ケニアの若い選手たちは前に出てよく戦いました。

同世代の世界のトップ選手の柔道を経験して、彼らはこれからも強くなっていきます。
大会初日にケニア代表選手たちの戦いは終わりました。選手たちは2日目から最終日の団体戦まで、トップ選手たちの柔道を観戦しました。勉強になったことでしょう。
僕は、日本チームの先生や世界中で活躍する先生方とお話しをさせていただきました。ありがたいです。いい刺激を受けました。
気合を入れ直してケニアへ戻りますっ!
さて、光の速さで出鼻を挫かれます。
端的にいうと、帰国に失敗しました。手配された航空券に間違いがあり、僕を含めた6名が飛行機に乗れませんでした。信じられます?アンビリーバボーですよ。
詳しく出来事の説明をはじめると、愚痴が止まらなくなってしまいます。“やめられないとまらない”になります。かっぱえびせんなんて、ケニアにはないのに。暗い記事にはしたくないので、やめにします。
なんとかタクシーと交渉し、宿と交渉し、休める場所を確保しました。十中八九ぼったくられています。でも他に方法がありません。ちなみに支払い能力があるのは僕だけです。
納得できないことは多々あります。でも教え子がいい顔してディナーを食べていました。
彼の素敵な笑顔に免じて、今回のことは水に流すことにします。
さて、問題は一つでは収まりません。この次の日に無事リマを出発できたものの。経由地のアムステルダムで、次は僕だけ取り残されました。
原因は、ケニアに滞在するためのビザです。僕にとってはもうお馴染みの問題です。連盟が解決するまで数日間、アムステルダムに滞在しました。
事前に指摘されていても、その問題を解決しない。大丈夫と言い張る。そして同じ失敗を繰り返す。動きが遅すぎる。その結果、無駄な時間とお金をかける。きっとここに限ったことではなく、世界中の指導者が向き合っている問題なのでしょう。
なぜなんでしょう、さっとやればいいだけなのにやらないというのは。謎です。この謎を解き明かすべく、ジャングルの奥地へと向かいたくもなりますよ。
新米の僕では、まだまだうまく扱いきれません。修行が必要ですね。精進します。
いまだに諸々の返金はありませんが、ケニアに戻ることはできたので活動を再開しました。ご心配をおかけしました。
IJFアカデミー実技セミナー
10月26日から11月2日まで、セミナーのためにイタリアのローマにいました。

これはケニア柔道としての活動ではありませんが、柔道指導者として必要な活動でした。せっかくなので紹介させてください。
最近IJF(国際柔道連盟)によって、“IJFアカデミーが発行する資格”がないと“国際大会でコーチとして入場できない”ということになりました。コーチとして教え子たちと国際大会に行く僕には、必要な資格です。
この資格を取得するために、実技セミナーに参加してきました。資格取得には、オンラインコースと実技セミナーを受ける必要があります。どちらも試験があります。
日本の講道館でも、9月に実技セミナーが実施されていました。ですが日程と職場からの距離の関係で、僕はローマで受けることになりました。
内容はというと、難しいことはしていません。“基本動作(受け身や体捌きなど)”と“投げの形”と“100本の技”です。高度なことを求められるわけではなく、指導者として基本を学び直すような内容でした。
感想としては、すごく楽しかったです。世界中の指導者たちと一緒にセミナーを受ける経験って、なかなかできませんよね。ヨーロッパだけでなくアフリカや中東など、広い地域から柔道家が集まっていました。

ところで皆さん、10月28日が何の日かご存じですか?もちろんご存じですね。
そうです!“群馬県民の日”です!!
冗談です。いや、“群馬県民の日”であることは本当のようなので、冗談ではないんですけども。僕が言いたいのはそれではありません。
10月28日は、“嘉納治五郎師範の誕生日”です!柔道界では誰もがご存じですね。IJFはこの日を“ワールド柔道デイ”と制定しています。
セミナーの真っ最中であるこの日に、僕たちも記念撮影をしました。

ここだけでなく、世界中で“世界柔道の日”が祝われています。このイベントに関しては、日本よりもむしろ外国のほうが盛大に祝われているような気がします。
ちなみに僕は不在でしたがケニアでは、各地で柔道家が集まって植樹やゴミ拾いなどの活動をしました。

世界中で、ですよ?嘉納治五郎師範、柔道、すごいって言葉では言い表せないくらいすごいですよね。(語彙)
セミナーで出会った柔道家は、みんな柔道が大好きです。そして日本も大好きです。
日本に行った時の思い出話を語り出したらキリがありません。「日本がいかに平和で安全な国か」を延々と語ってくれました。

柔道家として、日本人として、いつも以上に胸を張ってこの1週間を過ごしました。
国内大会と道場訪問
ケニアでは月に一回、国内大会を開催しています。11月は、海沿いの郡キリフィで開催しました。
私が普段住むナイロビは標高が高いため、過ごしやすい気候をしています。しかし海に近い地域はそうはいきません。一般的に想像されるようなアフリカの気候です。湿気があってとっても暑いです。
それもそのはず、Africa(アフリカ)の頭文字Aは、Atsui(暑い)のAですからね。…適当なことばかり言っていてはいけませんね、気を付けます。

暑い中でしたが、よく頑張っていました。今回も白熱した大会になりました。
ケニアには、47個の郡があります。その内の20個の郡に、柔道クラブがあるとされています。ナイロビやキリフィもひとつの郡です。僕はまだ全てを訪問できていません。
今回国内大会が行われたキリフィ郡にも、柔道クラブが複数あります。せっかくこちらの地方に来たので、滞在を数日伸ばして訪問させてもらうことにしました。
国内大会が行われたのが、11月15日の土曜日です。次の日の日曜日は練習が休みだと聞いていたので、気を抜いていました。これが失敗でした。
その日は軽く観光のつもりで、“ヴァスコ・ダ・ガマの記念碑”と“ゲデ遺跡”を訪れました。
ヴァスコ・ダ・ガマの記念碑:

“ヴァスコ・ダ・ガマ”、有名ですね。子どもの頃におそらく誰もが聞き、耳に残る特徴的な名前。でも失礼ながら具体的にはよく知らない。大人になってから、もう一度彼の名前を目にしました。伏線回収ではないですが、過去と今、点と点が繋がるような気がして、なんだかエモいですね。
…エモいの使い方あってんのか?知らんけど。
そしてゲデ遺跡:

遺跡は大抵どこも特徴的です。最も“異国感”を味わえるものの一つだと僕は思います。ペルーのマチュピチュだとか、カンボジアのアンコールワットだとか。だから僕は好きなんですよね。歴史にはそこまで強い興味はないんですけど。
ケニアには世界遺産や文化遺産は複数あります。国立公園のような自然遺産は有名です。一方で遺跡は少ないです。僕は今回はじめてケニアの遺跡を訪れることができました。

遺跡にはカメレオンなんかもいました。異国感満載ですね。
こんな調子で、観光客のような過ごし方を半日しました。
さて、大冒険はここからです。
海沿いの街に住む連盟役員が、僕に突然提案をしました。
「島の柔道クラブを訪問してほしい」
島…か…。
ケニアの島に柔道クラブがあったとは、知りませんでした。海沿いの街ならでは、です。なんだかすごくいいですよね、島の柔道クラブ。“モアナと伝説の海”のようなところで柔道をしているのでしょうか。想像が膨らみます。実におもしろい。
二つ返事で承諾しました。
サッと柔道衣だけ取りに戻って、その“島”に向かいます。
“島の柔道クラブ”としか聞かされていません。港からフェリーに乗って、心地のいい波に揺られながら行くと思うじゃないですか。甘かった。
温かい地域あるあるの交通手段であるトゥクトゥク(三輪タクシー)に乗って港へ。と思ったら、おろされた場所はジャングルでした。え?誘拐された?大金払わないと帰らせてくれないパターンのやつ?
そうではないようです。役員を含めた同行者グループは、おもむろにスリッパを脱いで濁った水に入っていきます。

まじ?
しまった。ここは“モアナと伝説の海”じゃない。“ジャングルクルーズ”だ。
僕たちはジャングルに入るつもりで来ていない。本当にこんな軽装で入っていいところ?
でもほかに選択肢はありません。引き返そうにもトゥクトゥクはもういない。ケニア人にならって進みます。
先月買ったばかりの新しいサンダルでこの濁った水に入るわけにはいかず、裸足で歩きます。足元の貝殻や尖った枝によって、傷ができます。柔道衣だけでなくカメラなんかも持っていたので、荷物は重いです。ただでさえ暑い地域なのに、余計に暑く感じます。滴る汗を濁った水に埋め込みながら、マングローブ林を進みます。
「我々はその謎を解き明かすべく、ジャングルの奥地へと向かった」フレーズをネタとしてたびたび使っていたら。まさか本当にジャングルの奥地へと向かう日が来るとは。
あれ?ところでこういうの、一般的にダメじゃなかった?傷口に塩ではなく泥水を塗る。なにか入りそう。虫はたくさん飛んでいる。おまけに疲れで免疫力低下。感染症とか寄生虫とか大丈夫?
そんなこんなで不安を感じつつジャングルを1時間ほど歩いた末、待機していた小さなボートに乗って島に向かいました。
こんなにスパイスの効いた道のりだとは、聞いていませんでした。あろうことかこんな過酷な旅に、一般人(妻)を連れてきてしまった。

申し訳ない。せめて事前に言っておいてもらえれば、宿において来ることもできたのに。
とんでもない経験をさせられて、愛想をつかされたのではなかろうか。まずい。
連盟役員に文句を言うつもりでボートを降り、汗を拭って顔を上げたところ…
たくさんの子どもたちが笑顔で歓迎してくれました。

今回訪れた柔道クラブは、カダイナ島という島の孤児院にあります。暑い中過酷に思える道のりを進み、やっとたどり着くことができる小さな島。そんな街から離れた島の孤児院で暮らす子どもたちです。

そんな彼らが歓迎してくれるんです、文句なんて言えるわけないじゃないですか。
ケニアの地方にある小さな島。英語もわからない子がほとんどだけど、この子たちは柔道をしています。

短い時間ではありましたが、彼らと柔道で交流をします。
やっぱり柔道ってすごいですよね。

胸にグッとくるものがありました。今回は珍しく。どんな有名で感動的な映画を見ても涙を流さない、鉄仮面と言われたこの僕が。(言われてない)
綺麗に締めたいわけではないですが、ここを訪れることができたこと、彼らのことを知ることができたこと、よかったです。僕が柔道指導者としてケニアに赴任して、ここにたどり着いたことに何か意味があるような気がしてきます。
言葉では言い表せない充実感のようなものとともに、日が傾いたジャングルをぬけて宿に戻りました。
いい1日でした。なにか大きな意味のある1日だったような気がします。
どこか清々しい気持ちでディナーの席についたところ…気づいてしまいました。身に覚えのない発疹が両腕に複数。
僕だけでなく妻の両腕と足にも。
え、感染症?寄生虫?さすがに焦ります。
ダメだ。あのジャングルをなかったことにはできない。“素敵な一日”という綺麗な感想だけで締めくくれない。
笑って終えるには少し刺激が強すぎる1日を経験したという話でした。
この後にも二つの柔道クラブを訪問させていただきました。



さて、今回も長い文章になってしまいました。最後まで忍耐強く読んでくださった精鋭読者の皆様、ありがとうございました。
幸い現在は、感染症や寄生虫が入ったような症状はありません。虫刺されの痒さと睨み合いをしながら、首都ナイロビ行きのバスに揺られています。
最後に今回の経験をもとに、注意喚起をさせてください。
現地の方々と一緒だからと安心して、言われるがままについて行くのはやめましょう。事前に道のりを確認して、安全な装備で旅をしてください。特に様々な感染症が報告されている地域に渡航する場合は。
また、狂犬病のような致死率の高い危険な病気もあります。間違っても調子に乗って野生の動物と触れ合うようなことはやめましょう。

では失礼いたします。
JUDOsでは海外で柔道指導をしている方々の活動記を紹介しています。興味のある方は事務局までご連絡ください。
